いかなるものと雖も、必ず急所を持つものだ、急所を見分け得るものは成功する。
横光利一
「あいつにはだまされた。おれほんと、人を見る目がない」知人が、苦笑いしながらそうこぼしたことがあります。責めるつもりはありません。人の心は見えにくい。言葉と行動が一致しないこともある。こちらの“期待”が、相手の輪郭を勝手に塗り替えてしまうこともあります。だからこそ、横光利一のこの言葉が刺さります。
横光が言う「急所」は、弱点をあばく話ではなく、物事の本質・要(かなめ)のことだと思います。人でも、企画でも、仕事でも、関係でも
「結局、どこが動けば全体が変わるのか」
「どこが滞れば、すべてが止まるのか」
そこを見分けられる人は、遠回りをしません。
では、どうすれば“急所”が見えるのか。
答えの一つは、意外に地味なところにあります。観察です。
「言葉より、行動はどうか」
「その場にいない人への態度はどうか」
「小さな約束を、軽く扱わないか」
「いざという時に、誠実さが残るか」
“眼”は、鍛えられます。けれど同時に、眼はすぐ曇ります。焦り、欲、怒り、恐れ、心がざわつくと、見えるはずのものが見えなくなる。
代沢稲荷は神仏習合の小さなお社です。ここで手を合わせるとき、私はいつも「お願いを叶えてください」より先に、心を整えることを意識します。整うと、不思議と“眼”が利いてきます。派手な直感ではなく、静かな確信として。
「あ、この人はここが要だ」
「この案件の急所はここだ」
そんなふうに、輪郭が立ち上がることがあります。人の心をすべて見通せるわけではありません。けれど、自分の心の濁りが減るぶん、相手の“ほんとう”に気づきやすくなる。それが、回り道を減らし、結果として“成功”へつながっていくのだと思います。
横光利一は、新感覚派の作家として知られます。代沢稲荷とも、ご縁が伝わっています。祖父の代、菊池寛の紹介をきっかけに、屋敷を何度か訪れたとされる横光は、昭和三年(1928年)に北沢に住まいを構え、これを「雨過山房(うかさんぼう)」と名付けました。私の父も、下の横光邸(雨過山房)へよく遊びに行き、横光のご子息たちと仲良く過ごしたそうです。家に伺うと、着物姿の横光利一がいた。そんな話を、父からも聞いてきました。また、横光の小説『睡蓮』は、池ノ上駅近くにかつてあった“池”を着想したものだと言われています。Web代沢稲荷では、約百年前のその“池”を舞台にした小説『夏の幻』を連載しています。
文学が土地の記憶を掬い、土地がまた物語を生む。その循環のそばに、代沢稲荷があったことを、うれしく思います。
急所を見分ける力は、才覚だけではなく、心の静けさにも支えられます。
神仏の前で息を整え、欲や恐れを一度置く。その上で、よく見る。よく聴く。よく確かめる。今日の一礼が、あなたの“眼”を澄ませ、大切な人や物事の「要」を見誤らない助けとなりますように。
【人物紹介】
横光利一(よこみつ りいち)は、明治31年(1898)生まれ・昭和22年(1947)没の小説家。川端康成らと文芸誌『文芸時代』を創刊し、新感覚派(しんかんかくは)の中心人物として活躍しました。代表作に『日輪』『機械』『上海』『紋章』『旅愁』など。鋭い観察と実験的な文体で、近代日本文学の表現を大きく更新した作家の一人です。
代沢稲荷 宮守 阿川峰哉






