不幸のほとんどは、金でかたづけられる。
菊池寛
菊池寛のこの言葉は、あまりに逃げ道がなく、読むこちらの背筋を冷やします。身もふたもない。けれど私は、ここに“拝む側の覚悟”のようなものも感じます。金がすべてだと言っているのではない。むしろ、世の不幸の多くは「手段がない」「時間がない」「助けを呼べない」という“詰み”として現れる。だから現実の道具を侮るな、と。
似た言い回しに「金の切れ目は縁の切れ目」がありますが、あちらは人間関係の世知辛さを言うことわざ。菊池寛の言葉は、不幸を小さくたたむための現実論です。縁が切れる前に、生活が崩れる前に、選べる道を増やしておけ、そんな叱咤にも聞こえます。
「愛があれば何もいらない」、そう言い切れたら美しい。けれど現実には、愛する人を守るほどに、必要なものが増えていきます。だから菊池寛の言葉は、綺麗事を笑うのではなく、生活の実感を肯定する。備えは冷たさではなく、優しさの別名なのだと。
では、代沢稲荷の「開運の鍵」はどこにあるのか。私は、神棚の奥や、誰かの才能の中だけにあるとは思いません。鍵は案外、“生活の手元”に落ちています。たとえば、月に数千円でも予備費を作る。頼れる先(病院・役所・保険・専門家)を把握しておく。制度や環境の変え方を平時に調べておく。睡眠や歯の手入れを後回しにしない。こうした小さな整えが、不幸を「事件」から「用事」へと下げてくれる。運は、派手な勝負より、日々の“備え”に宿ります。
そして今月(二月)は、そのことを目に見える形にした御朱印になりました。初午――稲荷信仰にとって節目の日に、鍵をくわえた狛狐と、珠をくわえた狛狐。狛狐は令和四年に新たに建立したもので、鍵は宝蔵の扉を開く秘鍵、珠は宝物の象徴です。宝蔵とは、ただ貯め込む蔵ではありません。福徳を納め、時に取り出し、また巡らせる蔵。鍵は、その扉を開け閉めするための“作法”の印であり、珠は、護られてきた価値そのものの印です。
菊池寛の名言が突きつけるのは、「お金があるから幸福」という単純さではなく、「お金が“道具”として働けば、不幸の連鎖を断ちやすい」という現実でしょう。お金は紙でも数字でもなく、「交換できる」という社会の約束です。休む時間を買い、距離を取り、第三者の手を借り、明日の選択肢を増やす力。だからこそ金運とは、欲の話で終わらず、暮らしを守る“備え”の話にもなるのだと思います。
この屋敷には文士たちの足音が残る、とも伝わります。かつて菊池寛がこの地を訪れ、仲間の文士が生活の拠点を持つ際、自ら実務的な後ろ盾となって奔走した‥。細部はさておき、そうした「現実的な支え」が、創作や暮らしを繋いできたという話です。名言は冷たい。けれど、その冷たさの向こうに、誰かを現実に支えようとした手の温度も確かにあります。
宝蔵の扉は、勝手には開きません。日々の整えと、手にした鍵を使う勇気。そこに、開運の筋道がある。私はそう信じています。
【人物紹介】
菊池寛(きくち かん)は、明治21年(1888)生まれ・昭和23年(1948)没の小説家・劇作家・出版人。大正〜昭和初期の文壇を代表する一人で、1923年に文藝春秋社を創設し、総合雑誌文藝春秋を創刊しました。また、芥川龍之介賞と直木三十五賞の創設にも関わり、新しい才能が世に出る仕組みづくりに尽力。代表作に父帰る、真珠夫人、恩讐の彼方になど。人間の現実や情を、きれいごとに寄せずに描き切る筆致が魅力です。
代沢稲荷 宮守 阿川峰哉






