名店に捧ぐ、神様カレー
僕は知っている。渋谷の道玄坂から75年もの間、変わりゆく街並みを眺め続けている老舗カレー専門店があることを。「印度料理」の看板を掲げるが、その正体は日本を代表するオリジナルカレー。カレーはたった1種類しかない。選択の余地は、「玉子入りか、玉子なしか」だけだ。孤高の存在で、似た味はどこにもない。
僕は知っている。山が好きだった創業者が、ライスをエベレストに見立てたことを。裾野に広がるカレーソースに雪解けをイメージしてクリームをたらした。ロマンチックなエピソードを聞いたら、等間隔に並べられた玉子が闇夜に浮かぶ月に見えてくる。ネパールのポカラでトレッキングしたとき、山の頂を前にこの姿を思い出した。
僕は知らない。目立った具のない摩訶不思議なソースにどんな材料が秘められているのかを。穏やかな滋味深さが体じゅうに染みわたっていくようで心地よい。複雑な味わいだがまろやかで、忘れたころにほのかに香りを届けてくれる。メキシコのオアハカで伝統料理“モーレ”を食べたとき、なぜかこのカレーの風味が駆け抜けていった。
僕は知らなかった。玉子増しというトッピングメニューがあることを。辛口や大辛が選べることも。夜に営業を始めたことも。かれこれ30年以上通い続けているというのに、だ。もう30年は楽しめる。ラッキーだ。渋谷がどう変貌を遂げようとも、ムルギーカリーは不滅である。若い3代目が店に入ったことを僕は知っているからだ。






