吒枳尼眞天とは

心に響く名言・格言

代沢稲荷|宮守 阿川峰哉

にちにちこれこうじつ(禅語)

雲門文偃うんもん ぶんえん


「どこかで見たことがある」
そんな言葉かもしれません。

なんとなく、よさげな、いい言葉だなと。
でも、この言葉の意味を、じっくり考えたことは意外と少ないのではないでしょうか。

「日日是好日」。
これは“毎日がラッキー!”という、軽いポジティブ標語ではありません。
実はもっと芯が強い言葉です。

禅語として伝わるこの一句は、唐代の禅僧 ・雲門文偃うんもん ぶんえんの語として知られています。
雲門は、言葉遊びではなく、日々の心の置き方そのものを問い続けた人でした。

では、この言葉の意味は何か。
それは、

「今日が好日かどうかは、出来事で決まるのではない。
今日を“好日”として受け取るところから始まる」

という姿勢のこと。

だからこそ、この言葉には、365日、開運の鍵が降りてくる意味が秘められています。
特別な吉日を待つのではなく、今日という一日に鍵を差し込む。
“吉日”は、あとから付いてくるものなのかもしれません。

もし「なんてついてないんだ!」が口癖になっているとしたら、
その言葉で今日の扉に、先に鍵をかけてしまっているのかもしれません。

開運の鍵は、遠くから降ってくるのではなく、
口にする言葉、受け取る態度、ほんの一段の切り替えのところに落ちています。

今日を「好日」にしてしまう。
その一歩が、開運の鍵になります。

今日を好日にする人のところへ、鍵は降りてくる。

 

 

【人物プロフィール】雲門文偃うんもん ぶんえん

雲門文偃は、中国・唐末〜五代十国期に活躍した禅僧で、禅の一派「雲門宗」の祖として知られます。
長い説明よりも、相手の心の癖や迷いを一言で断ち切るような、鋭く短い言葉(公案)を多く残した人物です。

「日日是好日」は、雲門の語として禅の世界で伝わる一句。
“毎日がうまくいく”という意味ではなく、今日をどう受け取り、どう生きるか。その姿勢を問う言葉として親しまれています。

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