吒枳尼眞天とは

心に響く名言・格言

代沢稲荷|宮守 阿川峰哉

「運、不運には、必ずと言っていいほど、それなりの理由や過程があるもの。

その意味で、運も実力のうちだし、自ら努力してつかまえるものだとも言える」

野村克也


 「運」という言葉には、どこか偶然めいた響きがあります。けれど野村克也の言葉は、その見方を少し変えてくれます。

 野村克也といえば、テレビ中継で配球や投球コースを読み解く鋭い解説が印象に残っている方も多いでしょう。とくに「野村スコープ」は、ストライクゾーンを細かく見つめ、次の一球の意味を読み取ろうとする視点の象徴でした。そこには、ただ結果を見るのではなく、その前にある理由や過程を見つめる眼差しがありました。

 解説席でぼそりと語ったひと言が、そのまま現実になる。そんな場面に驚いた人も少なくなかったはずです。けれどそれは、不思議な勘ではなく、長年の観察と分析の積み重ねでした。

 有名な「マー君、神の子、不思議な子」という言葉も、ただ面白く運の強さを語っただけではないのでしょう。人には、ときに「不思議なくらい運のいい人」がいます。けれどその人もまた、見えないところで努力を重ね、流れをつかむ準備をしているのかもしれません。

 私たちの日々にも、同じことが言えるのではないでしょうか。いまの自分の置かれている場所には、これまでの選択や習慣、考え方が少しずつ重なっています。そう考えると、不運に見える出来事も、ただ嘆くだけで終わるものではなくなります。

 そして、運がいいと思えるときにも、そこには必ず何かしらの理由や過程があります。その理由を見つめ、過程を整え直していくことで、これから先の流れは変えていけるのです。

 開運とは、ただ幸運を待つことではなく、自分の現在地を知り、進む道を整えていくこと。

 野村克也の言葉は、そんな静かで確かな努力の大切さを教えてくれているように思います。

 

【人物紹介】

野村克也(のむら かつや)は、昭和10年(1935)生まれ、令和2年(2020)没のプロ野球選手・監督です。京都府出身。南海ホークスで名捕手として活躍し、戦後初の捕手三冠王を達成。現役引退後は監督としてヤクルト、阪神、楽天などを率い、緻密な分析と観察に基づく「ID野球」を広く知らしめました。鋭い洞察と実践に裏打ちされた言葉は、野球の世界を超えて多くの人の心に響いています

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