名店に捧ぐ、神様カレー
「おいしく焼けた肉汁たっぷりのハンバーグはしっかりと練られているせいか、やわらかいのに肉の味が凝縮している。ナイフを入れると上にかかっている辛口のカレーソースが染み込んでいく。この辛味がひと癖ある。唐辛子としょうがをたっぷり使い、何日も煮込みまくって辛味を押さえつけ、味になじませているのだ。口に入れてからはふはふしながら食べ、即座にご飯をかっこめば、満ち足りた幸福感が体全体を包み込む」
以上は、『ぐずぐず』について10年以上前に書いた原稿からの抜粋である。あれ以来ご無沙汰していたが、再訪して表現に偽りがないことを改めて確認できた。店主もおかみさんも昔のままで、通い詰めた大学時代のことが思い起こされる。
件の原稿を掲載している自著が店内の本棚に飾ってあるのを見つけた。「その節は……」などと店主に挨拶をするべきかしばらく逡巡したが、見送ることにした。次にまた来たときにしようと思ったからだ。自著を手にして読み進めてみると、締め括りにしんみりすることが書かれていた。以下がそれで、今も全く同感である。
「学生時代に写真部の暗室にこもることが多かった僕は、朝から晩まで酢酸のツンとした匂いに包まれた暗い部屋でへとへとになるまで作業して、疲れた体にこのカレーの刺激でとどめを刺した。『うまっ、くぅ』となり、目が覚めるような爽快感が体全体を包んでくれる。数あるカレーの中でも特別な思い出のある味、ずっとこのままで」