ワタナベマキの
心と体に届く 神さま料理
心と体に届く 神さま料理
四月
春のお稲荷さん
いなりずし
料理家のワタナベマキです。『心と体に届く 神さま料理』の第一回はお稲荷さん、つまり「いなりずし」をご紹介します。
日本には、春になると家族や親しい人たちと手料理を持ち寄って野遊びに興ずる「野掛け」と称する風習が古来から伝わってきました。その流れを汲むお花見やピクニックなどの行楽に、欠かせないのがいなりずし。油揚げに米、しょうゆ、みりん、酢と日本の伝統的な食材からつくられる、江戸時代から愛されているおすしです。でも、甘辛く煮た油揚げにすし飯を詰めた料理がどうして「いなり」を冠して呼ばれるのか、不思議に思いませんか? その理由には稲荷神社や稲荷神との深いかかわりがあるとされているのです。
代沢稲荷が祀る吒枳尼眞天は、白狐に乗った天女のお姿をしています。狐はいわば稲荷神のお遣い。油揚げは狐の好物として稲荷神社にお供えされるようになり、さらに稲荷神がもたらした米を詰めたいなりずしが生まれたといわれています。料理なのに「さん」づけで呼ぶのも稲荷神への敬意と親しみによるものなのかもしれませんね。
さて、おいしいいなりずしをつくるには大きなふたつのポイントがあります。ひとつは、油揚げの下ごしらえをして、煮汁をたっぷりと吸わせること。もうひとつは、ごはんを堅めに炊き、できれば木製の盤台(円形の浅い桶。)で合わせ酢と手早く合わせ、すし飯が水っぽくならないようにすること。すし飯にじゃことみょうがを加えたり、梅肉であえたごはんを詰めたりするのもおすすめですよ。
ちなみに、ご紹介したいなりずしは俵形。東日本では米俵を模った俵形が、西日本では狐の耳を模った三角形が多いといわれます。最近は、バラエティーに富んだいなりずしも販売されていますが、ふっくらジューシーな油揚げに包まれた、シンプルないなりずしのおいしさは別格。ぜひ、楽しみながらつくってみてください。
作り方
【材料】 (8コ分)
・油揚げ(長方形のもの) 4枚
A
・かつおと昆布のだし 200ml
・砂糖 大さじ1/2
・みりん 大さじ2
・うす口しょうゆ(またはしょうゆ)大さじ2
すし飯
・米 1合
・昆布(3cm角) 1枚
・合わせ酢
酢 大さじ2
砂糖 大さじ1
塩 小さじ1
・紅しょうが(あれば) 適量
【準備するもの】
盤台(飯切り/円形の浅い桶。なければボウルなどで代用する)。
*火加減は基本「中火」。中火でない場合のみ記載。
【手順】
油揚げを煮る
❶ 油揚げはすりこ木か麺棒で両面を2~3回転がす。鍋に湯を沸かして油揚げを入れ、落としぶたをして5分間ゆでて油抜きをする。ざるに上げ、冷めたらペーパータオルかさらしではさんでしっかりと水けを除き、長さを半分に切る。切り口からはがして、袋状にする。
❷ 鍋にAを合わせて中火にかける。煮立ったら、1の油揚げを加えて落としぶたをする。再度煮立ったら弱火にし、じっくりと煮る。煮汁がほぼなくなったら火を止め、そのまま冷ます。
すし飯をつくる
❸ 合わせ酢の材料をよく混ぜ合わせておく。
❹ 米を研いでざるに上げ、重さを量る。炊飯器か鍋に入れて昆布をのせ、米の重さから1割引いた水を加えて堅めに炊く。
❺ 炊き上がったら盤台に移し、合わせ酢を回しかける。 うちわであおぎながらしゃもじか木べらで切るようにサックリと混ぜる。
❻ 合わせ酢がなじんで粗熱が取れたら、水で濡らしてから固く絞ったさらしの布巾をかぶせておく。
仕上げる
❼ ❻を8等分し、手で軽く俵形にまとめる。
❽ ❷の油揚げを両手ではさんで汁けを軽くきり、❼を入れる。すし飯の真ん中あたりを指で押して隅まで詰め、閉じ目を下にして、形を整える。器に盛り、あれば紅しょうがを添える。
ここがポイント!①
油揚げは下ごしらえで油抜きをしておくと、煮る際に調味料をたっぷりと含んでくれます。落としぶたをして煮るのもポイント。ムラなくきれいに煮上がりますよ。
ここがポイント!②
すし飯を詰めるときは、油揚げが破れないように注意を。あらかじめ、すし飯を俵型にまとめておくと手にすし飯がくっつかず、詰めやすくなります。油揚げの表裏を逆にして詰めても。
油揚げのはさみ焼き
いなりずしに欠かせない油揚げは、便利な食材。そのままシンプルにパリッと焼いてしょうがじょうゆをかけるだけでもいいですし、あえ物や煮物に加えるとコクが出る。あと一品が欲しいときに頼りになります。
ここでご紹介する「油揚げのはさみ焼き」も、簡単につくれてボリュームのある一品。油揚げに肉ダネを詰め、フライパンで焼きます。たくさん詰めているのに肉ダネがふっくら柔らかいのは、鶏ひき肉を使っているから。ごま油の香ばしさがアクセントになっています。おつまみやお弁当のおかずにもぴったりですよ。
作り方
【材料】(2コ分)
・油揚げ(長方形のもの) 2枚
肉ダネ
・鶏ひき肉 100g
・ねぎ(みじん切り) 1/4本分
・しょうが(すりおろす) 1かけ分
・かたくり粉 小さじ2
・酒 小さじ1
・塩 小さじ1/3
・ごま油 小さじ1
A
・しょうゆ 大さじ1
・みりん 大さじ1
・七味とうがらし 適宜
【手順】
❶ 油揚げはすりこ木か麺棒で両面を2~3回転がす。熱湯を回しかけて油抜きをし、片側の長い辺を約1cm切り落とし、切り口からはがして、袋状にする。
❷ ボウルに肉ダネの材料を入れ、ゴムべらなどでしっかりと混ぜ合わせる。2等分して、油揚げに詰め、軽く押さえて平らにする。
❸ フライパンにごま油を中火で熱し、❷を並べ入れてカリッとするまで両面を焼く。弱火にし、ふたをせずに中に火が通るまで6~7分間焼く。
❹ ❸のフライパンにA を加え、煮立たせながら汁けがなくなるまで上下を返しながらからめる。
❺ 食べやすく切って皿に盛り、好みで七味とうがらしをふる。
ここがポイント!
油揚げ1枚をそのまま使うので、破れやすいのが難点。袋状にするときは、少しずつ丁寧にはがしていきます。なるべく隅まではがして肉ダネを詰めると、仕上がりがきれいに。
編集/遠藤綾子 写真/名取和久