名店に捧ぐ、神様カレー
酒に弱く、ろくに呑めないくせに、酒呑みという人種に憧れている。つい先日も「酒を我慢してまで長生きするつもりはない」と言い切った俳優に羨望の眼差しを送ったところだ。
かく言う僕も年の瀬が近づくと決まって神田『まつや』に出かけ、昼間から日本酒の熱燗を呑む。昼に酒浸りというかねてからの願望を叶え、お猪口を傾けては赤ら顔で悦に入るのだ。
締めは当然、カレー南ばんそば。四角いお盆にのせられた丸いどんぶりを覗き込む。いつものように艶やかだ。出汁の風味がカレーの香りを抱き込み、調和がとれている。火傷に気をつけながら、蕎麦をすする。
ああ、守られているんだな、といつも僕は思う。カレー南ばんが人身を守るだなんて聞いたことのない話だけれど、『まつや』のあれは特別だ。なぜだろう? 酔っているせいではない。安定感のある味わいがそう感じさせるのだろう。
もはや恒例となった年末行事、実は旧友とふたりで続けている。師走が近づくとどちらともなく声をかける。彼女とやり取りするのは年に一度だけ。カレー南ばんを食べながら1年分の近況報告をし、別れるのだ。
ところが去年は機会を逃してしまった。だから僕は独りで『まつや』へ行った。今年はどうなる? 復活するかもしれないし、しないかも。わからない。どうであれ『まつや』にはカレー南ばんがある。食べれば守られる。それだけは揺るぎない。