吒枳尼眞天とは

名店に捧ぐ、神様カレー

文・水野仁輔

 あの曲ばかり聴いていたはずなのに、とか、なぜ切手なんか集めていたんだろう、みたいに過去を振り返ることがある。あっちが普遍的なものの場合、こっちの心変わりと対峙しなくてはならないことになる。それはちょっぴり怖い。

 20年ほど前、「ルーデリー」は僕が大阪でいちばん好きなカレー店だった。15年前に宮崎へ移転して以来、初めて訪れた。好きだったのに、とならないかを案じたが、しごく幸せな結末が待っていた。

 定番のビーフカレーを食べ、郷愁を感じる。スープストックのうま味に支えられたカレーは目を閉じたくなるような滋味深さ。漢方薬のようなクセのある香りは昔のままだった。ご飯が艶やかでおいしい。ああ、変わってないんだなぁ、と安堵した。

 しみじみと感慨に浸る僕の元に「よかったら」とドライカレーが運ばれる。2杯目を食べながら、僕はアヤム(チキン)カレーを追加オーダー。ランチに3人前のカレーを食べる暴挙である。嬉しさのあまり、前頭葉が崩壊したのかも。

 変化は、進化なのか退化なのか。それとも単なる変化に過ぎないのか。店主の松浦さんは、創業者からこの味を引き継いで30年以上。「微調整を繰り返して今に至る」と語る。僕だってかつての僕とは何かしら違うだろう。

 互いに変化し続けて20年が経過し、今なお「うまいなぁ」と感じられる。なんとも奇遇なカレーと僕との関わり合いである。行き違わなかったことに感謝し、日を置かず再訪したいと強く思った。

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