吒枳尼眞天とは

名店に捧ぐ、神様カレー

文・水野仁輔

 カレーを食べるという行為は、カレーと向き合うことを意味する。なんてことを端から書くと「面倒臭いやつだな」とか思われるかもしれない。まあご名答、ライトに言えばカレーゆったり楽しみたいということである(じゃそう書けよ)。

 老舗店『デリー』を訪れると、決まって注文するメニューに悩む。ビシッと辛いカシミールカレーにするか、サラリと食べ心地がよいインドカレーにするか。どちらにせよ、ご飯にカレーをかけてひたすら口に運ぶ。向き合うべくカレーは単品だから、ゆったりとカレーとの対話を楽しめるのがいい。

 インド周辺諸国を訪ねて盛り合わせ料理をいただくのも好きだが、本音を言うと少し忙しない。目移りして誰と対話していいのか迷うし、口の中は騒々しいほど賑やかで「聖徳太子じゃあるまいし」と我が受容力のなさを嘆くことになる。知らない人がどっさり集まるパーティで居場所がなくなって帰りたくなる気分に似ている。

 だから僕は専ら「単品カレー&ライス」の店ばかり足を運ぶことになるのだけれど、実は『デリー』銀座店のときだけはちょっと冒険することがある。「コンボ」なるメニューを選択し、ワンプレート盛り合わせを味わうことを許可しているのだ

 長年通う僕にとって、皿の品々は“初めましての1品”ではなく、旧知の仲同窓会みたいなもので、混乱せずに対話を楽しめる。要は「カレーと僕との距離感」を大事にしたいのだ。やっぱり面倒臭い人間なのである

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