吒枳尼眞天とは

名店に捧ぐ、神様カレー

文・水野仁輔

 いつのころからか、「イキでありたい」との思いを強め始めた。イキでイナセな、のイキだが、東京で生まれても育ってもいないのだから、いわゆる江戸っ子の持つイキとは程遠い。僕が勝手に決めたイキに従のだ。

 たとえば、外食するときには、ふと思い立って歩を進め、気分に任せて入店ナンデモないメニューを頼む。口に運んだ結果は、うまくてもうまくなくてもいい。うむ、イキだな、と自己満足に浸るのである。

 ナンデモないカレーを食べたいと思ったときに浮かぶのは、『サカエヤ』。明るい茶色をしたカレーソースは口当たりが異様なほど滑らかで、体に染みていく快感をくれる。ウマミと香りのバランスが取れた一品だ。

 ナンデモない味わいのカレーをおいしく食べさせて50を超えた。感服してしまう。ご夫婦の丁寧な接客や無駄のない所作を見ていると、ナンデモないようでタダモノでないカレーであることが窺える。自分もこうありたい、と思ったりする。

 ただサカエヤではこっちが普通でいられないのが問題だ。ついカツカレーにゆで卵のトッピングなんぞしたりして。待ち時間0分を謳う店なのに、「4~5分で揚がりますからね」なんて気を遣わせてしまい、全くもってイキじゃない。

 飾り気のない普通のカレーを頼めないのは、洗練されていない証拠だと自己分析している。それ田舎生まれ育ったせいだ、など故郷に責任転嫁しそうになる。いかん、いかんイキをモノにするのはタイヘンだなぁ

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